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映画『今さら言えない小さな秘密』~やさしいうそが生んだ悲喜劇をユーモアとペーソスたっぷりに描くヒューマンコメディ

ⒸRAOUL TABURIN 2018 - PAN-EUROPEENNE - FRANCE 2 CINEMA - AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA - BELLINI FILMS - LW PRODUCTION - VERSUS PRODUCTION - RTBF (TELEVISION BELGE) - VOO ET BE TV ⒸPHOTOS KRIS DEWITTE

2018年/フランス/90分
2019年日本公開
原題:Raoul Taburin
監督・脚色:ピエール・ゴドー
脚本:ギヨーム・ローラン
原作:ジャン=ジャック・サンペ『今さら言えない小さな秘密』(荻野アンナ訳/ファベル刊)
出演:ブノワ・ポールヴールド/エドゥアール・ベール/スザンヌ・クレマン/グレゴリー・ガドゥボワ/ヴァンサン・ドゥサニャ/カリーヌ・オーツ

映画『今さら言えない小さな秘密』ストーリー(あらすじ)

南フランスの小さな村で暮らすラウル・タビュラン(ブノワ・ポールヴールド)は自転車店を営んでいる。店の評判はとても良く、村では自転車のことを「タビュラン」と呼ぶほどラウルは尊敬されている。しかし、ラウルには妻マドレーヌ(スザンヌ・クレマン)にも打ち明けられない秘密があった。ラウルは自転車に乗れないのだ。子どもの頃からそのことを隠して生きてきたラウルだったが、ある日、村に写真家のエルヴェ(エドゥアール・ベール)がやって来たことで、ラウルは窮地に立たされる。エルヴェはラウルが自転車に乗っているところを撮影したいというのだ。

映画『今さら言えない小さな秘密』レビュー(感想)

誰にでも、どうしてもできないことがあると思います。この映画の主人公ラウルは自転車に乗れません。私の場合は水泳でした。

小学校の低学年の頃はまだ泳げない子も多いですが、学年が上がるにつれて、泳げないのが恥ずかしくなってきます。ラウルは、自転車に乗れないことをごまかすために、本を読んだり、ピアノを習ったり、自転車を分解したりします。私は小児ぜんそくだったので、ぜんそくを理由に、プールの授業はできるだけ見学していました。もちろん、プールが嫌でぜんそくになったわけではなく、ぜんそくが先なのですが、泳げそうな体調のときも、積極的に見学していたことは否定できません。中学と高校にはたまたまプールがなく、大学の体育は選択制だったので、結果的に中学以降はプールの授業で公的に辱めを受ける(?)ことはなくなりました。でも、泳げないというコンプレックスは、私の心の中にどっかりと居座り、けっして出ていってはくれませんでした。

カナヅチを克服しようと、大人の水泳教室に通ったこともあります。2か月、3か月と経つうちに、ほかの生徒さん(大人です)は上のクラスに進んでいくのに、私だけはこの水泳教室をやめるまで、初心者クラスから上に進むことができませんでした。ラウルが自転車をちょっとこぐだけで、ばったりと横向きに倒れてしまう様は、コメディならではの極端な演出なのでしょうが、私はあまり笑えませんでした。

水泳教室とは別に、近所のプールに通って特訓もしました。おかげでなんとか息継ぎもできるようになったし、たった一度だけですが、50メートルを泳ぎ切ったこともあります。ただ、50メートルを泳ぎ切る寸前の私の姿は、周りからは溺れているようにしか見えなかったはずです。「クロールの息継ぎを見て恋終わる」という川柳の名作がありますが、まさにそんな泳ぎだったと思います。こういうのは泳げるうちには入りません。

だから、ラウルの気持ちはものすごくよくわかります。わからないのは、自転車に乗れないラウルが長じて自転車屋さんになったことです。これで自転車と一生縁が切れなくなってしまいました。これはかなり痛い判断ミスといえるでしょう(水泳のコーチにならなかった自分の賢明さに感謝しました)。

ラウルの苦悩の根源は、自転車に乗れないことよりも、些細な秘密やうそを、より面倒くさいほうへ、よりやっかいなほうへ、どんどん事態を悪化させてゆく、その“こじらせ力”にあると思われます。

すべては、ラウルがまだ小さい頃、自転車で郵便配達をしている父親をがっかりさせたくなくて、自転車に乗れないことを告白できなかったところから始まっています。自分のためというより、父親を思いやる気持ちがそもそもの発端になっているのですから、かわいらしい、愛すべきうそだったのです。

とはいえ、自転車に乗れなければ、父親に教えてもらえばよかったのではないでしょうか。最初は誰だって乗れないのですから。父親が、ラウルが自転車に乗れないことに長年気がつかないのもちょっと無理があるような気がします。

いろいろと突っ込みどころもなくはない本作ですが、ちょっとしたうそがどんどんと育っていき、本人の手に負えなくなっていく滑稽さを描いたコメディなので、あれこれ言うのは野暮というものなのでしょう。

ラウルが背負った重い十字架(?)まではいかないにしても、見栄を張ったり、うそをついてしまって、後に引けなくなることって、誰にでもあり得ることですよね。最初に正直に言ってしまうのと、うそを隠し通そうとするのとでは、まるでコスト(時間と労力)が違うということが、この映画を見るとよくわかります。無駄に大変な思いをしたくなければ、すぐに正直に言ってしまうほうが100万倍もマシ。なのですが、「正直は最善の策」だとわかってはいても、それがけっこうむずかしいんですよね。

☟映画『今さら言えない小さな秘密』予告編

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