ⓒ安藤ゆき/集英社 ⓒ2019 映画「町田くんの世界」製作委員会
2019年/日本/120分
監督:石井裕也
脚本:片岡翔/石井裕也
原作:安藤ゆき『町田くんの世界』(マーガレットコミックス)
出演:細田佳央太/関水渚/岩田剛典/高畑充希/前田敦子/太賀/富田望生/前田航基/池松壮亮/戸田恵梨香/佐藤浩市/北村有起哉/松嶋菜々子
映画『町田くんの世界』ストーリー(あらすじ)
町田くん(細田佳央太)は運動も勉強もできないけれど、キリストと呼ばれるほど、いつも人のことを考え、人のために行動している高校生。町田くんと同じクラスの猪原さん(関水渚)は人間不信で学校に来ても保健室を居場所にしている。町田くんが彫刻刀で手を切ったとき、猪原さんが手当てをしたことがきっかけで、ふたりの距離は急速に近づきはじめる。人と関わることを怖れていた猪原さんだが、なんの邪心もなく「君は大切な人だ」と言う町田くんにしだいに惹かれ、心を乱されていく。
映画『町田くんの世界』レビュー(感想)
※ラストシーンに触れています。
この映画は公開時に映画館に見に行きました。原作の漫画のことは知らなかったし、いまも読んでいません。目当ての映画は上映時間が合わなかったとか、そんな理由でたまたま見ることになった映画だったと記憶しています(なぜか、そういう映画に当たりが多い)。
消極的選択だったとはいえこの映画に決めたのは、『川の底からこんにちは』(2009年)や『舟を編む』(2013年)の石井裕也監督作品だったからです。
おそらく原作のファンの人たちだったのでしょう、劇場内には若い人が目立ちました。
いざ映画が始まると、何度も泣いてしまいました。念のため断っておくと、泣ける映画がいい映画だと思っているわけではありません。私の涙腺はすぐに決壊するので、涙は当てにならないのです。それでもこの映画を見ながら、この作品をもう一度劇場に見に来ることになるかもしれないと感じていました。映画の途中ですでに、私はこの作品が好きになっていたのです。
まずはヒロインの猪原さんがいい。聖人すぎる町田くんに気持ちをかき乱され、猪原さんはしょっちゅうふくれっつらをしています。この役柄に関水渚がぴったりとはまっていました。口をとがらせ、身をよじって懊悩する。その姿のかわいいこと。ふくれっつらが最高に似合う女優さんです(そんなこと言われてうれしいかはわかりませんが…)。
主役の町田くんを演じていた細田佳央太くん(公開当時17歳。思わず「くん」付け)は、役柄ももちろんあるでしょうが、じょわわわ~んと滲み出るような一生懸命さが印象的でした。沖田修一監督の『子供はわかってあげない』(2021年)では上白石萌歌の相手役を務め、ドラマでも主役を演じるなど、かなり期待され、しっかりとその期待に応えているもよう。がんばってほしいです。
同じ高校生役として、主役の若いふたりの脇を固めるお兄さん、お姉さん俳優たちも素晴らしい。前田敦子と高畑充希の高校生には若干のコスプレ感、太賀(現・仲野太賀)と岩田剛典の高校生にはちょっとトウが立ってる感があるのは学園モノあるあるのご愛敬。とくに要所でぼそっと悟ったようなことを言う前田敦子はいい塩梅の存在感を醸していました。あと、町田くんのお父さん役の北村有起哉。このお父さんなら町田くんがこうなのも納得できるという父親の雰囲気が見事でした。
私には大好評だった映画『町田くんの世界』ですが、どうやら原作ファンにはかならずしもそうではなかったようです。とかく原作ファンは映画化作品に対して評価がきびしくなりがち。それぞれの脳内でイメージが完全に出来上がっているところに、現実の俳優さんで再現した映像を見せられるわけなので、「ナイス! イメージどおり! 役者さん、監督さん、ほんとうにありがとう!」とはなかなかならないですよね。
そして原作ファンのみならず、この映画の場合、とりわけラストシーンに賛否が渦巻いたようです。
ラストシーンでは、海外留学のため空港に向かう猪原さんを町田くんが追いかけていくのですが、問題はその追いかけ方。町田くんは風船につかまって空を飛びながら猪原さんを追いかける。それを電車の中から見つけた猪原さんも町田くんを追いかけ、最後はふたりして、風船で飛ばされていくという展開です。
このシーンを見て、「あまりに現実離れしている」「こんなのありえない」「ラストシーンまではよかったのに」というような感想をもった人が少なからずいたのだと思われます。
私もこのシーンを見ながら、頭のかたすみで、この展開、映像が受け入れられない人はけっこういるだろうなと思っていました。それと同時に、大好きなある映画を思い出してもいたのです。大林宣彦監督、原田知世主演『時をかける少女』(1983年)。青春映画、アイドル映画、SF映画というジャンルを超えて日本映画史に燦然と輝く金字塔です。
この『時をかける少女』でも、原田演じるヒロインが時空をさまようクライマックスシーンがチープといえばチープ、1980年代初頭の公開当時よりも、さらにふた昔前くらいの特撮を彷彿とさせ、やはり物議をかもしていたのでした。しかしこの場面を、当時の最新技術を駆使して撮影していたら、いま見たらかえってやぼったく感じられるシーンになっていたのではないでしょうか。大林監督は映像をコラージュ風に処理することで、“最新”の技術が“古い”技術になったとき、作品も一緒に古びてしまうことを避けようとしたのかもしれません。この作品を繰り返し見るたびに、このシーンはこれでよかった、この撮り方が正解だったとの思いを強くしたのですが、初めて見たときには、正直もう少し撮りようがあったのではないかと感じたものでした。
『町田くんの世界』のラストシーンを劇場で見ながら、そんなことを思い出していました。おそらく少なくない観客は、私が『時をかける少女』のクライマックスシーンを初めて目にしたときと似たようなことを感じているのではないかと。
ラストシーンは大切です。映画の印象を大きく左右します。そして、『町田くんの世界』のラストシーンが映画全体を台無しにしているかといえば、私はそうは思いません。いくら映画とはいえ、ばかばかしいといえば、あまりにばかばかしい、そう言えなくもないかもしれません。しかし、石井監督は、このラストシーンのみならず、映画全篇にわたって、かなり振り切った演出をすることで、ありえないくらいに良い人である町田くんの世界を大胆につくりあげたのだと思います。
もしこの映画に、写実的でリアルな演出がほどこされていたら、ウルトラスーパースペシャルいい人である町田くんの行動のひとつひとつが、むしろうそっぽく浮き上がり、とても見ていられない作品になっていたにちがいありません。
たとえば、町田くんの走り方(ロンブーの淳さんの走り方をさらにオーバーにしたような感じ)を見てください。町田くんにあんな走り方をさせることで、石井監督は、この映画はいろんなことをかなり誇張して表現していますよ、少々大げさなところや、ありえない場面もあるかもしれませんが、ある種のファンタジーとしてとらえてくださいねと、サインを出しているのだと思います。
表現はある種のファンタジー。しかし、登場人物たち(とくに猪原さん)の心情は突き詰めて煮詰めたくらいにリアル。だから、この映画はしっかりと心に届いて、私の涙腺(ガードがだだ下がりとはいえ)を直撃してくるのだと思います。
予感したとおり、私はこの映画を見るために、もう一度劇場に足を運びました。その後、DVDを購入して見て、今回記事を書くためにまた見ました。今度もまたけっこうな涙がこぼれました。物語そのものに対する涙でもあるけれど、この作品がやっぱり素晴らしかったことへの、称賛の涙でもあった気がします。
『時をかける少女』も公開当初は、一部に熱く支持する人はいたものの、それほど高い評価を受けていたわけではありませんでした。時が経つにつれて、作品の真価が理解され、名作と言われるようになっていったのです。『町田くんの世界』も、時間が経過するほどに、その良さがさらに多くの人に認められ、長く深く愛される作品になっていく気がします。
☟映画『町田くんの世界』予告編