作:久保喬
絵:駒宮録郎
発行:株式会社フレーベル館
幼い子どもの頃に読んだ本で、忘れられないものってありますよね。今回ご紹介する『かしのきホテル』は、私にとってそういう一冊です。
物語をざっと要約してみますと、
かしのきホテルは古いけれども、大きくてりっぱなホテル。いろんな鳥や虫たちがたくさん泊まっている。
ある日、みのむしを泊めたことで、〈「まあ、いやだ。きたない みなりの ひとが きたわ。」〉と、たまむしのおじょうさんや、おんがくかのせみさんが出ていってしまう。それをきっかけに、むくどりやめじろ、ふくろうのめがねやさんまで、かしのきホテルよりも新しい、もみじホテルやかばのきホテル、くりのきホテルに移ってしまう。
やがて台風が来て、ほかのホテルは大きくゆれたり、木の枝が折れたりしたけれど、つよいかしのきだけは、いつもと変わらずしっかりと立っていた。
嵐がすぎて、かしのきホテルはまた満員になった。
だいたいこういうお話です。
『かしのきホテル』は、国立国会図書館蔵書検索のデータによれば、1964年に金の星社から出版されたようです。作者は久保喬。絵は小林和子となっています。今回この記事を書くにあたり購入した、フレーベル館のキンダーおはなしえほんというシリーズの『かしのきホテル』では、絵は駒宮録郎となっています。
いまは手元にはありませんが、私が子どものときに読んでいた『かしのきホテル』も、駒宮録郎さんの絵だったと思います。版をあらためるうちに、どこかの時点で、挿し絵が駒宮録郎さんのものに変わったということなのでしょうか。
いま大人になってから読みなおすと、作者が物語に込めたであろうメッセージがいろいろと読み取れる作品です。そのなかで当時子どもだった私が、しっかりと受け取ったのは、“見かけの新しさや華やかさよりも、たとえ地味でも、いざというときに揺らぐことのない、根本の部分こそ大事なのだな” というようなことです。
もちろん、子どもの私がこのように言語化して理解していたはずもありませんが、おそらく作者もメインテーマとしていたであろうメッセージは、間違いなく届いていたのです。
作者が久保喬さん、絵が駒宮録郎さんということも今回初めて知りました。お二人とも児童文学の世界で、多くの素晴らしいお仕事を残された方のようです。
子どもは、だれがこのお話を書いたか、絵はだれが描いているか、ということまでは思い至りません。ただひたすら、お話と、目の前の絵に没頭し、空想の世界に心を遊ばせていたのだと思います。
しかし、あらためてこの本を手にしてみて、その物語世界の奥深さ、想像力をかき立て、どの場面も額に入れて飾っておきたくなるような絵の完成度に圧倒される思いです。
この物語は、博愛の物語であり、質実剛健の物語であり、多様性の物語でもあります。ほかにも読み方はあるかもしれませんが、幼いときにこんなにも豊かな作品に触れられたことの幸運を思わずにはいられません。
おとうちゃん、おかあちゃん、我が子に、この絵本を選んでくれてありがとう。くそじじい、くそばばあと言ってごめんなさい。
両親は、がっしりと大地に根を張ったこのかしのきホテルのように、派手さはなくても、堅実な人間になってほしいという願いを込めて、この本を読ませてくれたのだと思います。
いま自分が、そんな大人になれているかというと、ただただ深くうなだれるしかありません……。
※『かしのきホテル』は、名作や人気作がラインナップされている「キンダーおはなしえほん」(フレーベル館)の一冊として読むことができます。
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