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映画『はじまりへの旅』~理想の教育に凝り固まった父ちゃんに訪れる決断の時

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2016年/アメリカ/PG12/119分
2017年日本公開
原題:Captain Fantastic
監督・脚本:マット・ロス
出演:ヴィゴ・モーテンセン/ジョージ・マッケイ/サマンサ・イズラー/アナリース・バッソ/ニコラス・ハミルトン/シュリー・クルックス/チャーリー・ショットウェル/キャスリン・ハーン/トリン・ミラー/スティーヴ・ザーン/イライザ・スティヴンソン/テディ・ヴァン・イー/エレン・モリアーティ/フランク・ランジェラ/アン・ダウト/ミッシー・パイル

映画『はじまりへの旅』ストーリー(あらすじ)

ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)は、現代社会に背を向け、森の中で6人の子どもたちを育てている。哲学をはじめとする専門書を学ばせ、ナイフやボーガンを与えてサバイバル術を教えるなど、子どもたちに特別な教育を施していた。
ベンの妻レスリー(トリン・ミラー)は、双極性障害を患って入院中だったが、治療の甲斐なく自殺してしまう。レスリーの死はベンのせいだと考えるレスリーの父ジャック(フランク・ランジェラ)は、ベンが葬儀へ参列することを拒否するが、ベンはレスリーの遺言を叶えるべく、子どもたちを連れて森を出て、レスリーの葬儀へと向かう。

映画『はじまりへの旅』レビュー(感想)

※ストーリー展開に触れています。

本作の主人公、ベン父ちゃんは、だいぶ困った父ちゃんです。なにしろ頑固。人の話を聞く回路というものが備わっていないかのようです。信念の人という見方もできそうですが、やっぱりちょっと違う気がします。

少し話が大きくなってしまいますが、ベンが背を向けた現代アメリカ社会は、格差、貧困、差別、人権など、多くの問題を抱えています。ベンとその妻レスリーが、その社会に憤るのは理解できますが、社会との関わりをほぼ断って、子どもたちを森の中で育てるというのはちょっと極端すぎるように感じます。

子どもたちには、チョムスキーの言語学や、ロッククライミングや、野生動物の狩猟方法よりも前に、もっと学ぶべきことがあるように思えます。なにより、親ときょうだいとしか接することのない環境で育っていくことが、子どもたちのためになるとはとても考えられません。まさにレスリーの父ジャックがベンに言ったセリフ、「君の出す課題をクリアしても、あの子たちは社会に出られんよ」です。

「子どもは学校に行き、世界を知らなきゃ」と妹ハーパー(キャスリン・ハーン)に言われたベンは、8歳の娘サージャ(シュリー・クルックス)を呼んで、「権利章典」(アメリカ憲法の人権保障規定)について説明させ、「どうだい、学校なんか行かなくても、うちの子はめっちゃ優秀だろ」と言わんばかりのドヤ顔をします。べつに学校教育を推すわけではありませんが、ハーパーの言う“世界を知る”ってそういうことじゃないですよね。

ですが、ここで、ベンの教育方針やその方法の是非を論じたいわけではありません。この映画を見ていちばん感じたのは、心が硬いってやっかいだなぁということです。その主義主張はともかくとして、心に柔軟性がまるで感じられないのが、ベン父ちゃんの本当に困ったところだなぁと。

そんなベン父ちゃんの“虎の穴”(『タイガーマスク』参照)で長年育ってきた子どもたちは、母親レスリーの葬儀に出席するために、森を離れ、ほぼ初めて“世の中”と接することになります。

長男ボウドヴァン(ジョージ・マッケイ)がキャンプ場で出会った女の子に恋をしたり(恋愛の手順がわからず、いきなりプロポーズ)、子どもたちがレスリーの両親(つまり、おじいちゃん、おばあちゃん)と対面して抱き合うシーンなんかを見ると、父ちゃん虎の穴で育った彼らにちゃんと人間らしい情緒が育まれていることにちょっと安心したりして。

そして、ボウドヴァンや次男レリアン(ニコラス・ハミルトン)が、ベンの帝国を揺るがすようなことを言い始め、追い打ちをかけるようにさらにショックな事態が生じて、さすがのベン父ちゃんも、「パパといれば人生がダメになる」などと、急に殊勝なことを口にするのですが…。

考えてみれば、世の中のあらゆる揉め事は、硬い心がぶつかり合うことで起こっているような(父さん、また、話が大きくなっており)。肉体なら、鍛えたり、柔軟性を高めたりといったことも可能ですが、じゃあ、しなやかな心でいるためには、どうすればいいんでしょうか。誰かおせーて!(小松政夫調)

☟映画『はじまりへの旅』予告編

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